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安全の価値
普段は当たり前すぎて気付かない。
幸せを感じるセンサーが鈍くなっている。

カイジという漫画より学んだことを思い出した。

安全というその価値の重さ。
普段の生活が安全すぎて、危険を体験しないと普段の安全であることの価値がわからない。
それゆえ、自分が絶対に安全という状況で、他者の不安定な状況を見ると、優越感を感じるのだ。


普段バイクに乗ってるとき
「今日も事故らなくて走れた!幸せ~!」
とは思わない。
しかし事故った車とか見ると
「うわぁ、かわいそ~」
と相手を不幸と思う。

何が不幸なのか。
自分とは違って不幸だから不幸と思うのだ。
自分も一緒に事故ったら、自分を不幸と思っても、他人の事故まで気を回して不幸とは思わない。

自分と違うから不幸と思う。

つまり自分は幸せなのだ。
何事もなく無事だと言うのは、相当な幸せなのである。

しかしその幸せの存在を感じるのは、幸せを失ったときに気付くから皮肉。

でも、幸せを失っても、自分を心配してくれる人がいるというのは、相当に幸せなことで、幸せな状態で幸せに気付くから、さらに幸せを感じるのだ。


幸せを失って幸せの存在に気付くか。
幸せにふれて幸せの存在に気付くか。

ありがとうと言えないやつは前者のがいいと思う。
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